
5月の日差し 手足を伸ばして 気持ちを延ばす しっぽの先まで 気分が晴れる
4月の終わり、納品を終えた足で妻子を置いて、ふらりと友人の元へ。
草木の芽吹きを助けるように、強い日差し、雨、優しい日差し。
空模様は気ままに、それでいて確かに次の季節への準備をしている。
中央道を北西へ向かうと、その準備の様を徐々に過去へと振り返って行くようだ。
甲府の新緑は眼に鮮やかで、諏訪湖の桜は未だ絢爛と咲き誇っている。

目的地は長野県穂高。
ここは、僕の今は亡き祖父母の眠る場所であり、
自分の血肉となる、多くの出会いをもたらしてくれた大切で身近な場所。

旅の目的は、水の里、安曇野の水先案内人、わんだぁえっぐのクマさんと呑む事。(またですか。。。笑)
体操選手から体育教師を経て、写真の道へ進み、ラフティングやフィールドワークを中心とした、
人生の水先案内所 わんだぁえっぐを立ち上げて、精力的に活動している。

かくいう彼も、わんだぁえっぐでの活動、また写真、詩、そして絵と、根ざす志は同じくして、その表現に多才であるが故に、迷える旅人であるのだが。。。
学生時代に僕は、毎年、遠くネパールを旅するこの男に、知らない世界の事、知っているはずなのに忘れてしまっていること、わかっている
はずなのに知らない振りをしようとしている事、向き合う事の出来ない自分の脆さそのもの、様々な話を聞き、大きな衝撃を受けた。同時に写真の持つ魅力に引き込まれて行く事となる。
温かさの陰に弱さが隠れ潜むのか、弱さの中にこそ温かさが生まれるのか、どちらにしてもそれは人の心に共生し、危ういバランスの中で強さとなって行く。
彼と彼を取り巻く人々の、そういった強さを匂わせる、その土地の持つ厳しさと温かさにあらがう事無く包み込まれていくような人柄が、僕は好きだ。